人生の転機。

2009年3月14日 (土)

新しい一歩

今まさに人生の転機を迎える人が近くにいます。

その人を見ていると、4年前の自分を思い出します。

今こんな風になっているなんて、想像出来なかった。

一生、看護師として生きていくつもりだったので、考えるのは、定年の事ばかりでした。

突然やってくる人生の転機

本当に突然なんですよ。

4年前の私は未来さえ見えずにいたけど、それでも歩き続けた。

毎日を精一杯、頑張れるだけ、頑張って、まだ幻想でしかない夢をうっすらと思い浮かべながら、日々過ごしていたのを思い出します。

もし、他に人生の転機を迎えている人がいらしたら、

周りの人は色々言うかもしれませんが、自分が信じた事が一番だと私は思います。

人に言われたから、と変えたりすると、つまずいた時にちょっと嫌な気分になります。

でも、自分で決めた事なら、仕方ないとステップアップに繋がります。

自分以外の意見を聞くのはとても良い事だけど、あくまで意見と割り切るのが良いかもしれません。

あなたなら大丈夫shine 未来は輝いていますよhappy01

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2008年3月25日 (火)

頼れる存在

人生の転機に出会ったとても頼れる存在、そしていつも謙虚でひたむきな人。

会社を設立してから、たくさん、驚くべきこと、困ることがありました。

私はまだまだ人を雇えるほどの人間ではありません。

暗闇の中を手探りで、やっとの想いで動いている感じです。wobbly

その人は私の会社よりもっともっと大きい、うちとは比べ物にならない程大きな会社の社長ですが、同じ気持ちを分かってくれるだけでもとても救われます。

有難いことにスタッフにも、気遣って頂いています。

「大変ですね。」なんて言ってくれます。

その言葉だけでも、有難いなぁといつも心がジーンとします。

もっと堂々と、厳しくなくてはいけないのだろうと思いますが、

私の望みは、決められた範囲内で、のびのび仕事をしてもらうこと。

ただ、もう少しキリッとしなくてはいけないですね。

大我の心を目指して頑張らなくては。sun

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2007年12月17日 (月)

私の体験した 人生の転機 10。

自分の考え方、行動を変えた私に一番変化があったものは、環境です。

まず、友人が変わった。

すごく不思議なのですが、不平不満を言っている頃には、手に入らなかったものが、望まなくても手に入る。

自分の欲を捨てれば捨てるほど、何故か運が良くなる感じがします。

ずっと望んでいた店舗にめぐり合えた偶然。きっと、偶然ではなくて必然ですね。

困った時、辛いとき、悩んだ時に、すぐに駆けつけてくれ、励ましてくれる友人に恵まれています。

これが本当の意味での転機なのかもしれません。

今、私の所へは、今まさに転機を迎えると言う方ばかりが訪れます。

その方々と出会う度に、昔の自分を思い出したり、自分を変えようと頑張っている姿に感動します。

結果はすぐに表れなくても、自分が行った努力は必ず自分に戻って来ます。

悩んでいる方がいらしたら、自分を信じてゆっくり歩んで下さい。

一緒に、悩みながら時には泣いたりしながら歩んでいきましょう。

その先には必ず光があります。

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2007年12月16日 (日)

私の体験した 人生の転機 9。

この方の言葉が私の内面と生き方を変えました。

以前の私は自分が良ければよいと常に考え、物欲が深い人間でした。

それを変えた場所が、アロマテラピースクールです。

その日、授業中にふと自分ばかり話をしている。皆が真剣に私の話を聞いてくれている事に気がつきました。

そして、休憩時間に皆へ、「いつも私ばかり話をしたり、先生へ返事をしてしまってすみません。皆さんだって話たいのに。自分勝手で嫌になります。」と言ったとき

斜め前に座っていた女性が「そんな事ないです。先に話して下さるから私達も話せるんですよ。」と

それを聞いたほかの生徒さんが皆、うなずき「そうよ。先に話してくれて助かってるのよ。」と言って下さいました。

その日に変わったんです。自分の中の鎧の様なものが崩れて、白い自分が出てきました。

人の為に、相手を思いやる心を常に持ち、マイナスはプラスに変える。

不平不満を言っていた自分、ないものを数える自分は過去となった瞬間です。

これが一番大きな転機だったのかもしれません。

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2007年12月15日 (土)

私の体験した 人生の転機 8。

ブライダルトリートメントを頼まれた事で、その方へ失礼がないように事業を開始した方が良いのではと考えていました。

ある日病院で仕事中、私のブログを見た友人が「PURIMUSってキレイな文字ですよね。会社たてるならPURIMUSにしたらよいのに。」と何気なく言いました。

ある朝。目が覚めてすぐ、「決めた。今日、開業しよう。」と思いたち 税務署へ。税務署に入ったとたん真っ黒い雲が空を覆い嵐。

事業開始届書を提出して、外へ出た途端、うって変わって晴天そして虹。

ここからPURIMUSが始まりました。

PURIMUSとは、私が考えた名前です。

しあわせな時間。心から満たされた時。一番楽な道などをイメージして作った言葉です。

ブログを開始した時に、このブログを読んだ方々がしあわせになるように。

しあわせに楽に、楽しく人生を送れるヒントを伝えられればと思いつけた名前です。

人生の転機を読んでいて、思いつきでと感じた方もいらしゃると思います。

そう本当に思いつきです。 ほとんど、その時のタイミングです。

友人には無鉄砲と言われます。 でもいつも一生懸命です。

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2007年12月14日 (金)

私の体験した 人生の転機 7。

アロマテラピースクール インストラクタークラスに入学。

そこで最初に思い知ったのは、知識のなさ。

独学でしかも1週間の猛勉強で試験を受け、アドバイザーをとった私は、あまりにも知識がなかった。

みんなが話している事がよくわからない。(T_T)

授業についていけない自分が情けなかったです。

そして、とにかく恥ずかしかったです。 皆ほとんど、検定のクラスから上がった人達。

本当の意味で、アロマテラピーを身につけている人達の中で、名前だけアドバイザーの自分。

次の授業までいつも出来るだけ勉強して、自分で使うものは手作りを始めました。

自分で使うだけではなく、友人や知人にプレゼントをしていました。

その内、ある方がこれを仕事にしてみたら?とそして、同時期に、他の方からブライダルトリートメントをして欲しいと依頼がありました。これがサロン開業の鍵でした。

この頃は、小さな転機がチョコチョコありました。

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2007年12月13日 (木)

私の体験した 人生の転機 6。

無事、アロマテラピー検定の受験受付に間に合いました。

介護の試験の1週間後が、アロマテラピー検定。

取り合えず、介護の勉強を中心で行い、試験無事終了。

そして、1週間の集中猛勉強。←真似しないで下さいね。これ反省しています。

なんと。介護の試験には、不合格(>_<)

しかし、アロマテラピー検定には合格(^O^)/

その時に、看護研究を院内で受け持っていました。

その題材を「医療者に行うアロマテラピー」を提案した所、一緒に看護研究を行う同僚からは「やりましょう。」とOKを頂いたのですが、

上司から、「アロマテラピーなんてダメ。お金かかるし。そんなのはダメです。」と言われ、説明を試みましたが、何も聞いてもらえず、そんなものと言われました。

それで火がついた私。

「病院で出来ないなら、アロマテラピーのスクールでしっかり学んで、アロマテラピーがどんなものか見せてやる。」とスクールへ入学。

それと同時に、パソコン教室へ入学。(これは看護研究の書類をパソコンで打つため)

ここから、私の第二の人生が幕をあけたのです。

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2007年12月12日 (水)

私の体験した 人生の転機5。

看護学校に行くと決めた時から、今の人生の準備が始まっていたのかもしれません。

看護師の時の私は、いつも余裕がなくて、怖い顔をしていました。

他の方には、分からなかったとよく言われますが、いつも必死だった。

覚えが悪く、不器用な自分と戦っていました。

周囲の人には、とても器用で、何でもこなす人に見えた様です。

そんな自分を変えてみたかった私は、休みの日に図書館で、介護の勉強をしていました。

ある日、図書館でパソコンを借りて勉強を終えた時に、残り時間でインターネットで、ふとアロマテラピーを検索してみようと思いつき検索して開いたページに 

「アロマテラピー検定受験票受付まで、あと3日」との文字が。

その瞬間、図書館の外に飛び出てすぐにそこに書いてあった電話番号に電話をしました。

「受験受付間に合いますか?」「大丈夫です。間に合う様にすぐにお送りします。」

それがこの道の始まりです。

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2007年12月 9日 (日)

私の体験した 人生の転機 4。

高校を卒業して、看護助手として働いていたとき、助手の仕事も良いなぁ。と思い看護師にはならなくても良いかも。と思い始めた頃。

やはり、何故か12月。母が交通事故で全身7ヶ所の骨折。生死をさまよいました。

家に家事をする人がいなくなったため、泣く泣く仕事を辞めて、母が退院するまで、主婦の様な生活。

その時に「勉強するなら今しかない。」と思い、再度 看護学校を目指す。

内申書が不安だったため、受けに行った看護学校の先生に、「私、内申書が人並みならず、かなりひどいのですが、受けても良いですか?」と聞くと

その学校の先生と事務の方は、笑顔で、「内申書は見ませんよ。これから、頑張ればよいから。その子の過去にはこだわりません。試験頑張ってね。入学待ってます。」と嬉しい言葉。

そして、晴れて合格です。

同じ目標に向かって学ぶ学校は、とても楽しかった。

辛い看護実習も周りのフォローで乗り越えました。

他の生徒さんより、遠い場所から通っていたため、(通学2時間30分 さらに実習場所まで、3時間30分) 「帰りに食べなさい。」と先生がこっそりお菓子をくれました。

今でもあの時の優しさ忘れません。

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2007年12月 8日 (土)

私の体験した 人生の転機 3。

人生の転機 2の続き。

これも転機でした。

あまり良い子ではなかった私に先生は、かなり厳しかった。

「おまえのようなバカは、まともに看護師などになれるはずがない。」

でもね。なったんですよ先生。バカでも頑張りました。

内申書はボロボロ。ある看護学校では、その内申書を私に見せて「こんな内申書を書かれる人を生徒としてとるつもりはない。」と言われ落ちました。

これが私に火をつけたんです。

やってやる~。見返してやる~。と根性見せたんです。

そのおかげで1年看護助手として働けたので、たくさん学びがあり、今もその時にお世話になった助手さんたちと交流があります。

1年浪人して、看護助手をしたおかげで、たくさんの素晴らしい学びを頂きました。

外見やその子の一部だけを見て判断するのはどうなのでしょうね。

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